第76章 清新
駅の入り口には自動販売機が設置されていて、その明かりに吸い寄せられた虫の羽音が聞こえる。
ジジジと、焦る気持ちを煽るように。
「ロッカールーム……は、関係者以外立ち入り禁止でしたね。でも、会おうと思えばいくらでも会えるんじゃないですか?」
う、図星。
「あ……の、私、ちょっと次の約束があったから、すぐに会場を出なきゃならなくて」
真っ直ぐ見つめてくるその瞳から、つい目を逸らしてしまう。
後ろめたい時に、この視線はちょっと辛い。
「そうだったんですか。じゃあ、こんな風に倒れてしまって、お待たせしてしまっているかもしれませんね。ボク待ってますので、お約束のお相手に連絡するなら、どうぞ」
す、と一歩下がる黒子くん。
勿論、約束なんてない。
予定すらなかったんだから。
どうしよう、あきに連絡するフリをする?
でも……
オロオロと戸惑っていると、強い瞳の力が、少し和らいだ。
「すみません。意地悪を言いましたね。
黄瀬君に会えなかった理由は、その顔にもあるんでしょうか?」
私の下手な嘘なんて、お見通しだったみたいだ。
「顔……?」
もう、あの時の痣も傷あとも残ってない筈だけど……。
「酷い顔色ですよ。体調が悪そうだったので、黄瀬君に気を遣わせたくないのかなと」
「あっ、うん……それもあるんだけど、ちょっと、うん……」
ちょっと……何だろう。
うまく言葉に出来ない。
頭の中の辞書を開いて、五十音順に辿っていくようにしても、最適な単語が出て来なくて。
「……今日はもう帰って、ゆっくり休んだ方が良さそうですね。今度、お茶でも飲みに行きませんか?」
「あっ、うん……」
「みわさんはいつなら空いてますか?」
鞄から、濃い青色の表紙の手帳を取り出す。
ビジネス手帳コーナーにあった手帳で、デザインは簡素だけど使いやすそうだったからこれにした。
母校を思い出すような色も気に入ってる。
「……みわさんらしい手帳ですね」
黒子くんはそう言って、彼も手帳を取り出した。
黒・白・赤のラインのチェック柄。
誠凛のユニフォームみたいだ。
「黒子くんも」
2人でくすくすと笑い、この先数日のスケジュールを開いて……予定に空きがない事を確認した。