第76章 清新
「ご馳走さまでした」
「後は片付けとくから、黄瀬に電話でもしてきな」
「えっ」
下げようと思ったお皿たちをサッと奪われて、キッチンへ足早に去るあきを慌てて追いかけても、シッシッとまるで犬を追い払うような仕草。
「えっ、じゃないでしょ。黄瀬にちゃんと連絡してんの?」
「してるよ! さっきも、バイト終わったよって、メッセージ送ったし……」
「電話は?」
キッ、と睨み付けてくる眼光は鋭い。
シャープな目元が、更に鋭角になっているような気すらする。
「電話は……してないけど。涼太も、忙しいだろうから邪魔できないし」
「ダメ。電話してこい」
「ええっ……」
有無を言わさぬ態度にタジタジだ。
……電話出来るものなら、したい。
でも、彼の負担になるような事だけは、したくない。
したい、したくない。
もう、疲弊した脳みそはパニック寸前。
「いいから行けっつの!」
キッチンから追い出され、渋々と部屋に戻ると、スマートフォンを取った。
アドレス帳を開いて、愛しいひとの名前をひと撫で。
あきに言われたからじゃなくて……
……声、聞きたいな。
散々押さえつけていた欲が、顔を出し始めた。
少し、だけ。
30秒だけ。
おやすみなさいって言うだけなら、いいかな?
涼太、何をしているんだろう。
練習……は、もう終わってるよね。
勉強……は、してないかな?
ご飯……も、もう終わってるはず。
お風呂……かもしれないし、もう寝ちゃってるかも。
ゴチャゴチャと考えながら、彼の番号をタップ。
3コールで出なかったら、やめよう。
耳に当てたスマートフォンのスピーカーから、プルルルルと呼び出し音が鳴り始めるのを待つ。
1回……
『もしもしみわ?』
えっ?
「あ、も、もしもし?」
今、1回目の途中で繋がった!
もしかして、画面を触っていたのだろうか。
「ごめんね、何かしてる最中だった?」
『んや、みわに電話しよっかなって思ったトコだったんスよ。だからビックリ』
涼太の……声だ。
3月の引越しから数週間、メッセージだけの日々。
声……聞きたかった。
波音の様に、こころに染み込んでいく声。