第75章 ※章名については1627Pをご覧下さい
「ごめ……っ、なさい……」
言ってはいけない事を──言った。
このタイミングで、絶対に言ってはいけない事。
「なんでもないのっ! つい……!」
つい、で言っていい事じゃない。
辛いのも、寂しいのも私だけじゃないはず。
鼻水まで垂らして、困らせてどうするの。
「涼太、もう帰……っ」
そこまで言いかけて、言葉を失った。
涼太と、目が合ったから。
その瞳からも、涙が流れていたから。
新しい言葉の欠片が私の口から紡がれる前に、涼太は私の手を強く引いた。
体育館を施錠してから寮の部屋の鍵を開けるまで、一切の無駄な動きは無かった。
電気を点ける事もなく、靴を放り投げて脱ぎ、なだれ込むように入った室内で、すぐに唇を塞がれた。
熱い。
さっき、冷たいと感じた唇とは別のものみたい。
「りょ、っ、た……っ!」
啄む、なんて可愛い表現じゃない。
まるで、食べられてるみたいだ。
「ん、ぁ……っ」
唇が触れて、擦れて、舌が分け入ってくると、濡れた音が響いて。
もう、自分の意思では身体を動かせない。
追いかけてくるのは、背中に触れたベッドのスプリングの感覚。
「みわ……もう1回、言って」
「っえ……?」
「もう、1回」
もう1回……?
言って、いいの……?
「……私、離れたく、ない……」
「うん。オレも」
「離れたく、ないよ……」
「うん……」
分かってる。
ふたりとも、同じ気持ちだって。
「……ごめんなさい。今日までだから。こんな風に弱音吐くの、今日までだから……」
「分かってるっスよ、みわ。
明日から離れて頑張るためにさ、今、甘えて。たっぷりと」
ふわり、優しい言葉とともに、涼太の腕の中に閉じ込められた。
「涼太、ありがとう……」
ごめんなさい。
甘えさせて。
最後、だから。
慈しむような、癒すような柔らかい唇が、私の気持ちを受け止めながら、優しく重なった。