第75章 ※章名については1627Pをご覧下さい
駅に向かう道すがら、今日の式次第をイメージする。
私の仕事は、皆の代表として壇上に上がって、卒業証書を受け取るだけ。
送辞や答辞は、生徒会長たちの役割だ。
駅は、通勤ラッシュより少しずれた時間だからか、それほど混雑はしていなかった。
でも、あちらこちらでスーツ姿の男性を見つけるたび、息が止まりそうになる。
ホームへ滑り込んだ電車にも、沢山のスーツ戦士たち。
「……っ」
足が、竦みそうになる。
「みわ、大丈夫? 乗れる? 1本待とうか」
「……だい、じょうぶ。朝ごはんちゃんと食べてきたから」
「はは、ナニソレ、関係ないっしょ。ホラ」
繋いだ手に込められる力。
何度もイメージトレーニングした。
大丈夫、乗れる。
深呼吸をして足を踏み入れた車内は、暖かい。
隣のひとと接触するほどの混雑ではなく、安心した。
ほぅと息をつき、手すりに掴まろうとした左手が涼太の右手に捕まり、そのままもう1本の腕で腰を支えられて、彼の胸の中に吸い込まれていく。
目の前には、学校指定のネクタイ。
電車の揺れに合わせて揺れて、ゆらゆら……甘い香りに酔わされて、目が回りそうだ。
私は、抗議するのも忘れ、涼太の匂いに包まれながら、そっと目を閉じた。
3年前の4月……
電車で、痴漢から助けてくれたひと。
綺麗なひと。
最初は、申し訳無いことをした、ただそれだけだった。
同じクラスで、何かと彼を目にするようになって、物凄くモテるひとだなって、知った。
当然だ。
あれだけのものを持ち合わせているんだから。
こんな完璧なひとが、苦労する事なんて、出来ないことなんて、あるんだろうか。
そんな風に思っていたのに、時折見せる彼の表情は、どこか満たされない……太陽のはずの彼が、欠けた月のように見えて。
怖いのに、何故だか怖くなくて。
その表情の理由が知りたくて。
気付けば、こころは囚われていた。
あの時の私は、気がつかなかっただけで。