第74章 惑乱
抱きたい、と思う。
キスの合間にこぼれる甘い声、閉じた瞳を守っている長い睫毛、吸われて赤くなった唇の全てが愛しくて、たまらない。
消毒、とか上書き、とかお清め、とか……
なんか色んな表現があるけど、今の気持ちはそのどれとも違ってて。
純粋に、癒して、愛したい。
……でも今のみわは、作られたばかりの傷口が膿んで、ぐちゃぐちゃになっているのと同じだ。
だから今、こんな状態の彼女を抱いてはいけない、とも思う。
みわを傷付けたのは男だし、みわを護ってあげたいと思うオレも、男で。
傷口を抉るようなマネ、出来ない。
腫れ物に触れるような態度で接したくないとは思ってるけど、こんなにアザだらけの身体に負担がかかるセックスをするかどうかはまた別の話で……。
頭を冷やせ。
そう思ってるのに、合わさった唇からジワジワと発生する熱が身体中を巡って、下半身に集まっていくのが分かる。
小さな舌を吸い尽くして、暴走しかけていたところ、突然みわの肩からカクンと力が抜けた。
倒れないように両手でしっかりとその肩を支えて、それをきっかけに冷静さを取り戻す。
あぶね。
そっと唇を離すと、潤んだみわの瞳と視線が絡まった。
少し、不安げな表情。
無理に先に進めなくて、良かった。
"トラウマやPTSDは、パートナーの協力や理解で軽減されることがある。実際に、症状が改善した患者も多数いる"らしい。
レイプは、そのひとの全てを否定して、全てを破壊し、こころを殺す行為だ。
母親の恋人に犯されていた時は、孤独だっただろう。
みわはずっと、死んだように生きてきた。
希望なんて、なかった。
オレのこと、希望だって言ってくれたみわ。
オレはずっと、みわの希望であり続けるから。
「ありがとう」
2人の声が、重なった。