第74章 惑乱
みわは、可哀想なんかじゃない。
あの事件は……そりゃ、あんな事が起こらなければ、みわもこんなツラい目に遭わずに済んだけど、今更そんな後悔、無意味だ。
みわが、もっと強くなる為に与えられた試練、なのかもしれない。
そうとでも思わないと、やってられない。
でも、これだけはハッキリ思う。
「オレは、腫れ物に触るような態度でみわと接したくない」
「涼太……」
きっとそんな同情は、みわを深く傷つけるだけだ。
みわが前を向くと決めた以上、オレはそれを応援して、こころの支えになるくらいしかしてあげられないから。
「みわはみわだ。それ以外のなんでもないよね?」
こくり、みわは小さく頷いた。
それから、下を向いたまま、顔を上げなくなってしまった。
「みわ? 怒った?」
「ちが、違うの……嬉しくて」
手の甲で、目元をゴシゴシと拭う。
ちらりと見えたその手には、水のあと。
ずっとひとりで耐えて来たものが、ボロボロと崩れていってるのかも。
みわは、強い。
強くて強くて、こんなにも強くて、弱い。
強くて、弱くて、脆くて。
必死で生きている姿が……眩しい。
「みわ、愛してる」
目のふちと鼻を真っ赤にした可愛いその顔を見ながら、果実のような唇を貪る。
「みわ、愛してるよ」
正直に言えば、今すぐにでも抱きたい。
彼女の中にある嫌な記憶ごと、丸ごと抱きしめて、癒してあげたい。
でもそれは、みわのこころの準備が出来てからだと思うから。
「ありがとう……あり、がとう、涼太」
みわは"愛してる"とは言わなかった。
多分、言えなかったんだと思う。
みわが、お祖母さんに言っていたという言葉を聞いた。
"おばあちゃん、もし、涼太が事件の事……詳しく知りたいって言ったら、全部話して。
涼太には、知る権利があるから。
それで、何が起こったのかを知って、私とはもう付き合っていけないと思ったなら……それは、仕方のないことだから。
彼まで巻き込んでしまいたく、ない"
だから、みわが言い出しても、驚きはしなかった。
あの日、起こったことを……聞いて欲しいと。