第74章 惑乱
「キモチワルイっしょ。歯、磨いてくるっスわ」
壊れ物を扱う様な手付きで私の頬を撫でて、涼太はさっとベッドから下り、ボストンバッグから歯磨きセットを取り出して洗面台へ向かう。
「えっ、あ、あっ、私も」
私も慌てて、棚の上に置いてあったコップと歯ブラシを持った。
しゃこ、しゃこ、しゃこ。
病室の入り口付近にある洗面台で、ふたり並んで歯を磨く。
大きな手には不釣り合いな細い歯ブラシを一定のリズムで動かしながら、時々欠伸を噛み殺すのはいつもの姿。
……いつも、の。
なんだか……
「なんかみわ、納得いかないって顔してる?」
まるでこころの中を覗かれていたかのような的確な意見に、驚いて咥えていた歯ブラシを取り落としそうになる。
「あっ、ううん、納得してないとかそういうんじゃないの、ただ……」
「ただ?」
「涼太が、いつも……通りだな、って」
いつも通りすぎて……
事件の、こと……
涼太の、気持ち……
聞きたくても、聞けない……。
「ん? いつもと違う新しいオレを開拓したくなっちゃったんスか?」
口をすすぎ終わった涼太の手が、首筋を撫でる。
いつもと違う、触れ方。
獲物を狙うような、あの瞳。
「……ッ」
「こう?」
「……ん、そっ、そうじゃなくて! 開拓とかそういうんじゃなくて!」
「んー、じゃあなんスか」
「だって、涼太……」
「ん?」
涼太が、そんな事思うはずない、けど……
なかった事に、したい……よね?
自分の彼女が、他の男に……とか……
そこまで考えて、思い出す。
涼太に抱かれている時に、何度も言われた事がある。
みわは、オレだけ、オレのものだって。
……私が今、こんな事になって……
どう、思ってるんだろう。
「な、んでも……ないよ」
怖くて、聞けない。