第74章 惑乱
「……まだ、足りねぇっスわ」
「私ばかり食べちゃったもんね。もうひとつ、開ける?」
冷えたゼリーはとても美味しくて、ついつい私が食べさせて貰ってしまって。
もっと涼太にも、と思って冷蔵庫に手を伸ばすと、突然彼の手に腕を掴まれた。
「涼太、どうし……」
たの、と最後まで言う前に、また、しりりんと鈴の音。
揺らしてもないのにどうして鳴ったのかと、顔を上げてそちらに一瞬目を奪われているうちに……涼太の唇が……私のそれと、重なった。
思考回路はエマージェンシーコールを受け、緊急停止。
「ん、っ」
ちゅ、ちゅと吸い付くように、啄むように触れられて。
突然の事で息を止めてしまっていた事に気付き、慌てて呼吸を再開する。
「っは、ん」
少しだけ酸素を取り込むお許しが出て、はぁはぁと素早く呼吸をすると、またすぐに合わさる唇。
「ん……ぅ、ん」
「みわ」
頭から足のつま先まで、ジンと痺れる。
お腹の奥の方が、ジリジリと焼けるように熱い。
どろどろに甘い生クリームみたいな、キス。
唇の熱で、溶けてしまいそう。
「っ、ん、ちょっ」
ちょっと、待って。
今度はその言葉ごと、呑み込まれていく。
あまりに気持ち良くて、もう何もかも、どうでも良くなってしまいそうで。
でも、頭の片隅でまだ冷静な自分が、だめと言っている。
だめ。
だめ。
だめ。
だめ。
今の私じゃまた、涼太まで、汚してしまう。
「りょ、た、だめ、やめ……っ」
その逞しい両肩を掴んで制止しようとすると、キスは中断されて、涼太が覗き込んできた。
「……痛む?」
何のことを言われているのか、分からなくて。
それが、口の中の傷の事を言ってるんだと気付いた瞬間、心配させまいと慌てて訂正する。
傷はもう、痛まない。
「そうじゃ、なくて……っ」
そこまで言って、"痛い"と嘘をつけば涼太はやめてくれただろうという事に気付く。
でも、もう手遅れで。
再び重なる熱。
「りょ、……っ」
抗議をしようと開いた口にすかさず侵入してきた甘い舌が、理性を容易に溶かしていった。