第74章 惑乱
うっかり、その姿に見惚れていた。
ただ、ベッドの隣にある棚の下段……冷蔵庫に、ゼリーを入れてくれただけ。
それだけなのに、その伏せた琥珀色の瞳を隠す長い睫毛に、真っ直ぐに伸びた鼻梁に、さらりと靡く黄の髪に、目を奪われて、離せない。
「まだあるんスよ」
「っ」
彼の視線はまたすぐに紙袋へ移される。
紙袋の中に消えていた手が戻ってくると、その大きな手には、丸い何かと、紙のようなものが握られている。
「まず、コレね」
「ポスト……カード?」
「そ、キレイっしょ」
紙のようなものは、ポストカードの束だった。
先ほど話してくれた、涼太が宿泊していた施設一帯の景色、遮るものが何もない橋からの景色、夜空に浮かび上がるようなヤシの木のシルエットと満月、一点の曇りもない青空、真っ青な海、真っ赤なハイビスカス。
「凄い、きれい……」
「これ見ながら話せば良かったっスね。写真で見ると、想像しやすいかなってさ」
しりりん、あったかい鈴の音に包まれて。
涼太の笑顔は、もっとあったかい。
「あとこれね、別にお土産ってほどのモンじゃないんスけど」
ころん、手のひらに落ちてきた硬い感触。
白い、ハート型のそれは……
「貝、がら?」
「そそ、誰もいない海辺見てたらさ、足が向いちゃって。流石に海には入れねえから、浜辺の砂をワシャワシャやってたら、たまたま見つかったんスよ」
わずかに青みがかった貝がらが、ハート型になって存在を主張している。
「なんかさ、あんなにキレイな海の水が、すんごい長い時間をかけて削ってたって思うと、それをオレが見つけた偶然を考えるとさ、スゴいラッキーアイテムな気がして」
ハート型の貝がらを覗き込んでいる涼太の瞳の中に、ハートが映り込んでいる。
「みわ、瞳がハートになってる」
全く同じタイミングで同じ事を考えた偶然に驚いて顔を逸らそうとした途端、唇に柔らかいものが触れた。