第74章 惑乱
涼太が、来てくれた。
この2週間と少し、ずっと気を張り詰めてしまっていたようで、彼の顔を見ただけで、肩の力が抜けるのを感じていた。
今まであった事を簡潔に話して、正直まだ万全の状態には程遠いけれど、卒業式には出たいって話して。
涼太は納得してくれたみたいだけど、ちょっと興奮しすぎちゃった、落ち着かなきゃ。
目線を下に落として、早くなった鼓動をおさえつけるかのように、深い息を吐く。
再び顔を上げると、いつの間にか涼太との距離が殆どなくなっていて、その切れ長の瞳と目が合った。
輝く、深みのある琥珀色。
飴玉みたいな……丸くて、甘い、色。
長い、節くれだった指……彼の右手の親指が、私の下唇を撫でる。
その立ちのぼるような色気に、咄嗟に言葉が、出ない。
さっき落ち着かせたはずなのに、何故かまたどくん、どくんと自分の心臓の音が聞こえる。
なんでこんなに、ドキドキするんだろう。
「りょう、た……?」
どうしたの?
やっと出たその声は、自分でも分かるくらい震えていて。
それを聞いた涼太は、弾かれたように指を離した。
「あ……っ、ゴメン、なんでもないんス」
「?」
なんか、ゴミでも付いてたかな?
自分でも唇に触れてみるけれど、特に異物はなくて。
再び合った目は、もういつもの彼だった。
少しだけ、なんか気まずい空気が流れて……
「……涼太、合宿のお話、聞かせて!」
「うん、そっスね」
ううん、会えるのを楽しみにしていたんだ。
1秒だって無駄にしたくない。
贅沢にも、病室に備え付けられているポットで、2人分のお茶を淹れた。
誰にも邪魔されない、2人の時間。
しりりん、と、鈴のような音がどこからか聞こえた。
涼太の持ち物かな、と思って、特に追及はしなかった。
「体育館がさ……」
「笠松センパイのセンパイで、……」
話題は尽きる事がない。
涼太はもう、新しい世界に足を踏み入れて、新しい彼のバスケ人生を歩み始めている。
私も、私も……!