第74章 惑乱
翌日。
面会時間というものがないのをいい事に、オレは朝一番で電車に乗り込んだ。
まだまだ空は冬を表す色と高さで、容赦なく叩きつける冷風に、コートの前を掻き合わせた。
耳だけはあったかい。
いつもの、みわがくれたイヤーマフ。
やはりみわが入院している病棟は空調管理がバッチリで、エレベーターに乗る前にはそのイヤーマフもコートも脇に抱えていたのだけれども。
久しぶりにみわと会える。
そう思っただけで足取りは軽くなって、手に持った荷物の重さも感じなかった。
病室のスライドドアを開き、部屋の奥へ進むと、大好きなヒトの姿がそこに……。
「おはよう、涼太」
みわは、机の上にある花瓶の水を替えていたようだ。
おはよう、オレの口がそれを吐き出す前に、彼女の身体を抱き締めていた。
バサリ、お土産の入った紙袋が地面と擦れる音。
2週間、以上だ。
文字にして表したらこんなにもあっけないけど、みわに会えない時間は永遠のように感じられて。
「ただいま」
「おっ、おかえりなさい。涼太、荷物……」
「ダイジョーブ、ワレモノ入ってないから」
「……うん……」
みわはそれ以上、何も言わなかった。
抱き締めた身体は、まだ厚みを取り戻していない。
みわをベッドに座らせると、オレと離れてからの事をぽつりぽつりと話してくれた。
カウンセラーとは、少しずつ……本当に少しずつ話ができるようになってきたこと。
食事は、お粥のようなものから口にできるようになったこと。
睡眠は……まだ自分の力では上手く取ることができないということ。
それに
「卒業式には、絶対出るんだ……」
みわは、卒業式に、総代……3年の総代表として、壇上に上がる。
入学から卒業まで、ずっと首席をキープしたというのは、それこそ海常高校始まって以来の快挙らしい。
体調不良を理由に、代役を頼んでみてはどうかと提案してみたが、こんな土壇場で迷惑はかけられない、この仕事はやり切りたいという、みわの強い気持ちがあったため、もう反対はしなかった。
伏せ目がちな瞳を前に、背筋をそわそわと走る欲望。
……キス、したい。