第74章 惑乱
「彼女、大変な時期って事がよく分かるもん。支える方も、大変やろ?」
ボロボロに傷付いた姿。
事件の前の、明るいみわの笑顔。
どっちも、こんなにもすぐ、思い浮かぶ。
「オレは全然……大変なんかじゃねえっス」
理不尽にも耐えて、耐えて、耐えて。
壊れそうになるのを必死で堪えて。
「黄瀬君?」
「今……彼女、すげぇ落ち込んでて……スンマセン、詳しくは言えないんスけど、でも、メチャクチャ頑張ってて……だからオレも頑張りたいんス」
無意識のうちに、拳を握り締めていた。
爪が食い込んだ際の痛みで気付いた。
「そっかぁ、今が頑張り時なんやね。でも、流した涙の分だけ喜びの涙が待ってるって、私は思うよ」
悲しみの涙は、拭ってやりたい。
今度は、みわと一緒に喜びの涙を流したい。
「支えあうためには、まずは相手を支えられる強さが必要やとよね。彼女のためにも、君が前に進む勇気を持って。少し前で、彼女を待っててあげられる強さを、ね」
前に進む勇気。
オレには、それがなかった。
一緒に居て、くるんであっためて、それがみわを支えてあげる事なんだって、勘違いしてた。
自分が頑張ることで、前に進むことで、間接的に誰かの支えになれるなんて、考えたこともなかった。
オレは、自分のことだけ考えて生きてきたから。
じいちゃんによく言われた。
ヒト……人って文字は、線が支え合って出来てるんだって。
支えるヒトが出来て、初めて一人前になれるんだって。
「今日は色々と、ホントにありがとうございました」
今度はキッチリ、深々と頭を下げてお礼をした。
不思議な魅力のあるヒト。
「結、婚……」
何故だろうか、すんなりと、耳に言葉が入ってくるヒトだった。
みわと結婚する事になったら、このヒトに相談したい、と自然に思った。
無くさぬように、クヌキさんの名刺は財布に忍ばせておいて。
まさか、こんな所にまで来て、こんな出逢いがあるとは。
人生って、分かんないモンっスね。