第74章 惑乱
「やろ? 良かったら、彼女さんに。早く良くなりますように、って」
……みわに?
「え、いいんスか」
「ちょっと、若い子には合わんかもしれんけど」
少し、照れ臭そうに頬をポリポリ。
表情の豊かなヒトだ。
「全然、そんな事ないっス。ありがとうございます」
「なら良かった。もともと鈴の音って、魔除けの効果があるって言われてるとよ。結婚式のリボンワンズっていうのにも、小さな鈴をつけて拍手の代わりにその音で祝福してもらったりもするしね」
リボンワンズ、って……木の棒みたいなヤツにリボンをくっつけて、フラワーシャワーとかの代わりに振ったりするやつだよな?
親戚の結婚式で、一度やった事がある。
確かにあれにも、鈴がついてたな。
「詳しいんスね!」
「職業柄、ちょっと、ね」
「お仕事、何してるんスか?」
聞いて分かるかは微妙なトコだけど、気になる。
「ブライダル関係ってとこかな?」
「ブライダル……」
「私、今は帰省中やけど、普段は東京で働いてると。だから、標準語も話せるとよ。彼女さんと結婚する時は、相談にのるよ」
そう言って、彼女は鞄から取り出したシルバーの有名ブランドのロゴ入り名刺入れから、名刺を1枚取り出した。
名刺を受け取る作法なんて知らないから、とりあえずペコリと頭だけは下げておいて。
白地に、薄いピンクのレース柄があしらってある可愛らしい名刺。
左上部には会社名が印刷されており、中央には彼女の名前らしきものが書かれている。
「えっと……クヌキ、サンっスか。オレ、黄瀬涼太っていいます。黄色に瀬戸内海の瀬、涼しいに太郎の太っス。
名刺とかないんスけど……」
黄瀬涼太君、と言いながら微笑み、彼女は笑顔の温度を少し下げて、俺を真っ直ぐ見据えて言った。
「いいって。君とは、不思議とまた会えそうな気がするとよね」
「どういう意味っスか?」
「気にせんで。なんとなく、よ。だから、彼女さんと仲良くね」
「なんで……こんなに良くしてくれるんスか?」
「なんで? そうやね、君がとっても幸せそうなのになーんか寂しそうだったから、やろか」
「え……」