第74章 惑乱
「じゃ、また明日ね」
電話が終わっても、まだ顔の緩みはおさまらない。
声は元気だったけど、体調はどうだろうか。
ゆっくり話をしたい。
好きで、好きで、どうしようもない。
今すぐ、会いたい。
胸の中がどうしようもなくジンジンと疼いてしまい、切り替えようと頭を左右にプルプル振っていると、トントン、と軽く左肩を叩かれる感触。
「やっぱ、会えた! もう1回会いたくて、探してたとこやった」
振り向くと、そこに居たのは先ほどオレを助けてくれた女性の姿。
「あ、さっきの! さっきはホントに、ありがとうございました!」
「でも、急いでるって言ってたよね? まさかの置いてきぼりね?」
ふふ、と笑う姿が可愛らしい。
彼女の言葉は宮崎弁、なんだろう。
語尾が上がったイントネーションは、標準語に慣れた耳には新鮮。
バリバリのキャリアウーマンみたいで、それでいてあったかい母親のような、頼りになるねーちゃんのような。
でも年齢はわからない。
女性はホントに、年齢不詳だ。
「いや、フライトの時間、間違ってたらしいんス」
「そうやったとね。でもちょうど良かった!」
彼女は、手に持っていたビニール袋に手を入れ、ガサガサと一通りかき混ぜてから、赤くて小さい何かを取り出した。
しりりん、あったかいような、涼しげなような、不思議な音。
その手に持っているのは……鈴?
赤い……サルの顔が書いてある鈴。
「これね、南の男の猿って書いて、"南男猿(なんおさる)"っていう、民芸品やっちゃけど」
「なんおさる……?」
ちょっとシワの入った赤い実の真ん中に、サルの顔。
愛嬌がある鈴だ。
「そ、『苦難』とかの『難を去る』という言葉ともかかってて、魔除けとかお守りとも言われるとよ。
持っている時に鈴が鳴ったら、ちょこっと幸せが訪れる、みたいなね」
しりりん、再び鳴る音。
今、幸せが訪れてる、ってこと?
難を、去る……。
「へえ、面白いっスね」