第74章 惑乱
「これやったら、ほら、スプーンで"あーん"も出来るやろうしね!」
「いいっスね!」
ショートカットで柔らかい笑顔の彼女は、愛に溢れていた。
眩しいな、と思った。
旅先での貴重な出会いに、感謝。
オレは、彼女へお礼を告げ、急ぎ会計を済ませるために、レジへ走った。
「おう、黄瀬」
息を切らしながら店を出て、集合場所へ向かおうとすると、その方角からのんびり歩いてくるのは笠松センパイ。
オレを呼びに来た……というわけでもなさそうだ。
もうすぐ、搭乗時間だよな?
「あれ、センパイ、どしたんスか?」
「帰りの便、1時間間違えてたんだと」
「……へ?」
よくよく聞くと、合宿の書類に書かれていた帰りの搭乗時間が間違っていたそうで。
というか、あまりにタイトなスケジュールになるから、後から変更したんだそうだ。
なのに、書類の修正を忘れていた、と。
変更した事務担当すら忘れていたというから、重症だ。
なんだよ、時間あったなら、さっきのヒトにゆっくりお礼言えたのに……。
あんなに快く教えてくれたのに、軽いお礼しか出来なかった事が悔やまれる。
「オマエ、1時間どうすんだよ。俺と小堀は適当に店にでも入るけど」
「ちょっとだけ電話してくるんで、後から追っかけていいっスか?」
「おう。あそこの角の店にいるわ」
「了解っス!」
センパイと別れて、スマートフォンを取り出した。
"神崎 みわ"
画面に表示された名前すら愛しいのだから、オレも相当重症かな。
1コールで繋がる電話。
『もしもし』
「あ、みわ?」
明るい声。
耳から入って、すっと全身に染み込んでいくよう。
『お疲れ様、涼太。これから飛行機で移動?』
あー、ずっと聞きたかった声に、頬が緩むのを抑えられない。
「フライトの時間間違ってたみたいでさ、1時間ぽっかりあいたトコ」
『そうなんだ、大変だね』
「明日、会えるっスね」
時間も遅くなるだろうし、みわの病室に行くのは明日を予定してる。
『お話、楽しみにしてるね。早く、会いたいな』
珍しいみわのその発言に、オレの目尻はどこまでも下がっていった。