第74章 惑乱
「黄瀬、行くぞ」
「ハ、ハイッ!」
食事が終わると、笠松センパイと小堀センパイに誘われて、オレも温泉に入ることにした。
メシは……美味かった。
超、美味かった。
合宿じゃない。
これは、完全に旅行レベルの食事。
おまけにかなりのグレードの。
笠松センパイとあれやこれや言いながら楽しく食事をして、食後のデザートを食べていると、先に食事を終えていた小堀センパイがオレたちを迎えに来た。
……みわ。
オレ、ひとりでこんなに楽しんでて、いいんスかね……。
みわは、食事ひとつマトモにとれないのに。
頑張って、なんとか食べようとして苦しそうに吐いていたあの背中を思い出す。
あの小さくて細い背中には、抱えきれないほどの傷がある。
それを知ってて……
「オレ、こんな……楽しく笑って、こんな時間を過ごしてて、いいんスかね」
ボソリ、口から滑らせてしまった言葉に、センパイたちが振り返る。
「みわは、あんなに頑張ってんのに……ノー天気にオレ、こんな風にしてて」
「俯いてんじゃねーよ、バカ」
下を向きかけたオレの頭を、スパンと叩く手。
「オマエ、まだ覚悟決めてないのかよ」
「……覚……悟?」
「神崎と歩いていく覚悟だよ」
「決めたっス! 頼りねぇかもしんないスけど……」
「じゃあ、グダグダ言ってんな。オマエが今、前を向くためにすべきことはなんだ?」
「……オレは……今、少しでも成長しなきゃなんないっス」
「そうだ。様々なものを自分の糧にして、そして……前へ進め。それが成長に繋がる。オマエが今やるべき事は、そういう事だろ」
「……ハイ」
「これから、辛くて苦しい事なんか山ほどあるだろう。そんな時にオマエが楽しく笑ってなきゃ、神崎も笑えねえだろうが」
電話口での、あの笑い声を思い出す。
みわと……あーやって、ずっと笑い合ってたい。