第74章 惑乱
「オマエ何してんだよ、さっさとメシ食わねえと風呂の時間終わるぞ」
無地のトレーナーにジーンズという洒落っ気のないカッコで向かってくるのは、笠松センパイ。
履き古したスニーカーが、宿の玄関の砂利を騒がしく鈍く鳴らした。
「ゲ、すぐ行くっス」
しまった、のんびり気分転換なんかしてる場合じゃなかった。メシと風呂を逃したら大変だ。
「そんな薄着でいたら風邪引くだろうが」
「イデッ」
肩パンされた部分をさすりながら、センパイだって上着着てないクセに……とこころの中で突っ込んでいると、さっきの彼女の存在を思い出した。
「あ、ゴメンね、オレもう……」
行くっスわ、そう言おうとして振り返り、目をやった先の彼女は……
笠松センパイを、見ていた。
あの、優しい瞳で。
もしかして……
「あっ、こちらこそ、ゴメンね」
それだけ言って、彼女はそそくさと去っていった。
「なんだ黄瀬、知り合いだったのか?」
「いや、ついさっき顔を合わせただけっス。あのヒト、誰なんスか?」
「……あー、たまに体育館にいるんだよな、あの人……なんか業者関係とか営業とかか?」
「でも、そんなトシ離れてないっスよね?」
「さあな」
「喋ったりしないんスか?」
「ああ? なんださっきから。一言二言なら話したこともあったかもしれねえな」
「そんなモンなんスか? だって……」
あの瞳。
それに、さっき話してた時のあの感じ……
「だって、何だよ?」
「……いや、なんでもないっス」
「ほら、さっさとメシ行くぞ」
「センパイ、まだ食べてないんスか?」
「オマエがいなくなるから探しに来たんだろーが!」
「いってえー!」
キセキの世代だろうが関係ないって言ってくれたあの時と同じシバき方。
あー、懐かしいっスわ、この感じ。