第74章 惑乱
スピーカーの向こうから、空気の抜ける様な、寝息が聞こえてきた。
みわ、良かった……眠れたのか。
よほど疲れてたのか、それとも安心してくれたのか。
どっちかは分からないけど、起こしてしまわぬように、そっと通話終了ボタンをタップした。
「黄瀬くん! こっちこっち!」
突然、無遠慮なその声量にびくりと肩を震わせる。
以前、マネージャーは基本的にオトコばっかりだと聞いていたはずなのに、いやに女性が多い。
笠松センパイに聞いたら、"とにかくマネージャーじゃない女性が多い"という、なんか肝心なトコがスポッと抜けたような情報を貰った。
多分、女性が苦手なセンパイのことだ、ハッキリと素性は聞けていないんだろう。
ま、オレがそこらへんの事情を聞いとくか。
宴会場の奥でなにやら話をしている笠松センパイと小堀センパイは、頬が赤かった。
既に酔っているんだろうか。
「黄瀬君、彼女いるの?」
ハイハイ来ました、お決まりの問答。
オレの見た目にしか興味がないノーミソお花畑のオネーサンたちに囲まれる囲まれる。
「いるっスよ」
きゃー、と響く悲鳴。
これもいつもの流れだ。
どんな子?可愛い?いつもの質問。
メシ・風呂・寝るのどれかを削るのがもったいない時間。
「彼女のどこが好きなの?」
……珍しい、内面の質問。
みわの、どこが好きか……
「……いやー、言葉にすんのはなかなか難しいっスね。なんか好きっス」
ここが好き、って、簡単に言葉に出せるほど薄っぺらくない。それに、わざわざこんなヒトたちに言うこともないだろう。
「えー、そんなの好きとは違くない?」
「思う! 顔とか性格とか、これっていう所はないの?」
うるさいと一蹴すれば即終了出来るんだろうが、テキトーに相づちをうって受け流す。
「そうかな……"なんか好き"って、一番強い気がする」
おずおずと、そう言いだしたのは、輪から少し外れたトコにいたコ。
気が弱そうだけど、芯は強そうな……
なんとなく、みわ側の人間だという事が分かった。