第74章 惑乱
『今日の練習はさ……』
「うん……へえ、すごい、そんな事するんだ」
大学での練習の、メニュー……メモしなきゃ、なんて思ったけど、頭がぼんやりしてくる。
涼太の声……好き。
優しくて、くすぐったくて……ずっと、聞いてたいな。
今日、初めてのカウンセリング。
カウンセラーのひとにも、焦らなくていいと言われたけど、気ばかりが急いてしまって。
泣いてもいいと言われたけど、涙は出なかった。
警察の事情聴取もそうだった。
全然言葉にならなくて、代わりに嫌な汗ばかりが背中を伝った。
現場から押収された映像が、本当に私かどうかを確認して欲しいと言われたけれど、どうしても首を縦に振る事が出来なくて。
迷惑、かけてる事は重々承知しているのだけれど……。
話していても、言の葉として形成される前の破片がボロボロと口からこぼれていくみたいに、訳の分からない事を言っているという自覚はあった。
でも、乱れた気持ちはおさまらなくて。
情けなくて、やるせなくて、苛ついて、悲しくて。
無駄に疲弊して、涼太に助けを求めてしまった。
本当に、話せるようになるのかな。
乗り越えられるように、なるのかな。
『明日はね、朝から海岸をランニングするみたいなんスよ。関東よりずっとあったかくてさ、冬場はもうずっとこっちに居たいくらいっスわ』
涼太が行っているのは宮崎県。
私、行った事ないなあ……。
「そうなんだ……ちょっと、想像出来ないけど、いいね」
こころなしか、涼太の声も弾んでいる。
練習は厳しくても、それだけじゃなくて良かった。
「練習、大変だと思うけれど、満喫してきてね」
『ありがと。みわ、今度一緒に旅行で来ようね』
さらり、自然にこぼれ出た未来の約束。
涼太とは、様々な約束をしてきた。
……私があのひとたちにされた事を知っても、まだ好きで居てくれるんだろうか?
色々考えるのに、頭にかかった靄は濃度を増していく一方で。
『温泉もさ……』
「……」
口が重くなって、言葉が出て行かない。
ふわり、意識が浮遊していく感覚。
『みわ?』
へんじ、しなきゃ……
『……お休み、みわ』
好きだよ、そのこえが、きこえて……
……そこからは、覚えていない。