第74章 惑乱
怠く重い身体を一旦止め、深く息をつく。
目の前のゴールを見るだけで、すぐに思い浮かぶ、涼太のプレー。
口から出た途端、湯気のように白くたなびく息があたりを纏って、それが幻想の中の涼太と重なり、なんだか神秘的で、一瞬目を奪われた。
「私ね……」
私の行動に、ポカンと口を開けたままの涼太。
その顔も、好き。
ずっと一緒に居た。
ずっと、隣で見てきた。
「好きなの、涼太の……黄瀬涼太の、バスケが」
彼は、スポーツにおいては、言葉通り万能だ。
天性のセンスで、凡人などいとも容易く飛び越えていく。
でも、そんな器用な彼は、どこまでも不器用で。
放っておくとオーバーワークで怪我をしてしまうし、海常が好きだからと、怪我をおしてでも試合に出てしまうし、国際試合では、チームの勝利のために自ら犠牲になる事を選ぶし……
明朗快活な彼の性格とは裏腹に、どこまでも自己犠牲のひとなのだ。
今回だって、涼太が責任を感じる事なんて何もない。
私が迂闊だった。それだけなのに。
「バスケ、やめないで、涼太」
涼太は、全てを捨てて私を支えてくれようとしている。
それは、嬉しい。
本当に、素直に、嬉しい。
でも、違う。
涼太にバスケをやめて欲しいんじゃない。
今私たち、進む方向が間違っている気がする。
これじゃ、ダメなんだ。
「涼太、私は……大丈夫。……今は、まだ、こんなだけど……絶対に、大丈夫になって、みせるから」
一言、一言、伝わるように。
私は、このひとと一緒に歩きたいんだ。
同じ夢を、見たいんだ。
「だから、涼太はそのままでいて。
真っ直ぐ、前だけを向いて」
好き。
好き。
この事件でもう、頭の中が真っ黒になって、目の前が真っ白になって、私の中に何にもなくなってしまっても、この気持ちだけは、確かにあった。
「お願い……涼太は……私の、希望だから」
強くなりたい。
こんな事に、負けたくない。
過去になんか、負けたくない。
涼太も、前を向いて頑張って。
その姿を見て、私も頑張るんだ。