第74章 惑乱
……凄い。
笠松先輩の今のプレー、一見なんてことないものに見えるけれど……
1本目に抜かせた事をフェイクにするだけじゃなくて、踏み込む足の角度と方向、体重移動に視線誘導……様々な工夫がされていた。
全くブレないフェイダウェイは、鍛えられた体幹の為せる技だろう。
恐らく、自分の癖や隙を研究し尽くして、それを埋めるための練習を重ねた結果。
癖は、そう簡単に直るものじゃない。
何度も何度も反復練習をして、チェックして、の繰り返し。
近道などない作業だ。
先輩……海常でプレーしていた時よりも、また一回り進化している。
次のプレーは、2本目の涼太と同じようにドライブで切り込んでからのレイアップ。
速い。
当時からその速さは月刊バスケットボールでも評されていたけれど、今は更に、速さだけでなく緩急までつけられるようになって、余計に速く感じる。
2対2。
残り1本で勝負が決まる。
「黄瀬ェ、よそ見してんじゃ……」
先輩は何かを言いかけて、止まった。
視線の先……涼太の表情。
まるで、1年生の時のウィンターカップの試合。
物凄い気迫に、声をかけることができない。
ざわり、まるで木々が風を受けてざわめくような、そんな空気。
涼太のまわりの空気が、一変した。
これは……ゾーンだ。
まさか、試合中でもない、こんな時にゾーンに入るなんて。
笠松先輩も、彼のその姿に驚き、一瞬言葉を失いかけて……
「……上等だ、行くぜ」
すぐにその表情を微笑に変えた。
"青の精鋭"を率いた猛将同士、2人のまわりに青い炎が見えるような攻防に、私は目的も忘れて、魅入っていた。
……勝負は、涼太が勝った。
ゾーンに入った彼を止められる選手は、国内では数えられるほどだろう。
それほどの人間なんだ、彼は。
ここで、絶対に方向を間違えてはいけない。
勝負が終わって、地面に座り込んでいる2人の元へ足を踏み出した。