第74章 惑乱
静かに響く、コンクリートにボールがバウンドする音。
体育館の床とはまた違う音。
ストリートでやっている時に近い響き。
ダン、ダンと一定間隔で聞こえるそれは、まるで心臓の音のようで。
波立っていた気持ちが、落ち着いていくのを感じる。
大丈夫、集中できる。
いつも通り、軽く目を閉じて、いつもよりも深みの増した呼吸をひとつ。
すうっと、意識が自分の奥のもっと奥に、固定される。
頭が冷えていく。
……いつも通りだ。
「来いよ、黄瀬」
その声を合図に、駆けた。
センパイのクセは、頭に入ってる。
ドリブルを左手に切り替える時の、僅かなスキ。
センパイの左側へ踏み込んで行くオレをかわすように誘導してからのスティール。
ボールが手に吸い込まれるような感覚。
絶好調の時の感じだ。
するりとボールを奪って、スリーポイントラインまで下がると、ウィンターカップ前に散々練習したシュートを決めた。
「……あと2本っスね」
足が軽い。
今なら何でもできそうな気がする。
2本目も、難なくセンパイをドライブで抜き、レイアップシュート。
「あと、1本っスよ」
あと1本で終わる。
センパイとの話も、
……オレのバスケ人生も。
センパイがボールを持つところから始まるのは、1本目と同じ。
センパイのクセは相変わらずだった。
同じようにボールを奪って、ダンクで締めよう。
だが、スキを狙ってスティールしようと出した手は……スカッと空を切った。
え……?
いつものセンパイのタイミングじゃ、ない。
オレの方がタイミングをずらされて、センパイは後ろに飛びながらの……フェイダウェイシュートを放ち、ボールはリングへと吸い込まれて行った。
「ナメてんじゃねーぞ、黄瀬。
オレが、自分を磨かずにただオマエを待ってるだけだと思ったか?」
ゴールの決まったボールを拾い上げて、再びドリブルを始めるセンパイ。
ダン……
ダダン…………
ドリブルの音が、脳に響いてるみたいだ。
自覚してしまいそうになる、ある感情にフタをして、首を大きく横に振った。