第74章 惑乱
もそ、とみわがオレの胸元にすり寄ってきた。
甘えてきた猫を可愛がるかのように、その、少し水分が失われつつも、変わらず柔らかい髪をするりと撫でる。
ふわっとふいに香る匂いは、いつものみわと変わりない。
「みわ……」
何度も何度も呼んだ。
愛しいその名前を。
無意識だった。
「ごめ……んね、涼太……」
消え入りそうな声で呟かれる謝罪の言葉。
みわは、肩を震わせてまた少し泣いているようだった。
結局、みわは頑張って朝食を口にしたが、すぐに吐いてしまった。
久々の食事ということで、トレーの上はお粥など、食べやすく優しいものばかりが並んでいたが、いきなりの食べ物に胃がビックリしたのか、脳が拒否しているのか、そう簡単に受け付けてはくれないようだ。
焦らないで、ゆっくりでいいんスよ、そう伝えたが、みわはまるで試合に負けた時のように、悔しさで顔を歪めていた。
そんな表情をするのは、この状態になってから初めての事だった。
病院の食事の時間は早い。
午前中にもう一度訪れた昼食でも、みわは必死で皿の上のものを口に放り込んだ。
吐くものかと、これまた必死に堪える姿が痛々しくて。
結局それでも吐き戻してしまい、トイレで苦しそうに咳き込むその背中をさすってあげることしかオレには出来なかった。
歯を食いしばって耐えようという気持ちは分からなくないけれど、無理して症状が悪化しないとも限らない。
みわにはまだまだ長い時間が必要だ。
オレが、すぐそばで支えてあげなきゃ。
みわは、オレがいなきゃ。
改めて、そう感じている。
日に日に、この想いは強くなるばかりだ。
「涼太、明日からもう、ひとりで大丈夫だから」
だから、突然のみわの発言に、すぐ反応することが出来なかった。