第74章 惑乱
カラカラと点滴のスタンドを押しながら、みわが立ち上がる。
それを助けるかのように、同時に起きた風は追い風だった。
「涼太……バスケ、練習してない……よね」
「あー、うん、まあ、そっスね」
着信履歴だらけのスマートフォンを思い出す。
メールも、メッセージアプリも、未読の数字はどんどん加算されていく一方だった。
明後日から始まる大学の合宿についての確認だろう。みわには言っていない。
連絡を依頼されていて、まだ伝えてない項目がいくつかある。
……メッセージは、見ない。
見たら、揺らいでしまうかもしれないから。
笠松センパイ、小堀センパイ、すんません。
オレ、みわを、支えなきゃ。
オレをずっと支えてくれたみわがこんなに苦しんでるのに、オレだけお気楽にバスケなんて、してらんねぇんスよ。
「涼太……」
みわが歩いた先、庭園の中にぽっかり空いた花のない空間。
そこには、見慣れたモノがそびえ立っていた。
「何で……こんなトコに、バスケゴールが……?」
バスケのゴールに、ご丁寧にカゴが置いてあり、その中にはボールまで用意されている。
「赤司さんがね、教えてくれたんだ」
そうか、赤司っちが使っていたのか。
でも。
「みわ、身体冷えるっスよ、一応屋根があるって言ってもさ。戻ろ」
今は、見たくない。
それなのに、みわはよろけながら、ボールを手に取った。
「危ないっスよ、みわ!」
「涼太……シュート、して」
ヒョイと投げられたボールを、思わずいつもの調子で受け取る。
ああ、この手に馴染む感じ。
ボールのニオイ。
「あ、ちゃんと準備運動してからね」
「みわ、バスケはいいからさ、戻ろって」
「お願い、涼太。1本だけ」
まっすぐな瞳。
なんでこんなに頑ななんだろう。
「……分かったっス。1本だけね」
「ごめんね、涼太」
「その代わり、1本終わったらすぐ戻るっスよ」
みわが頷いたのを確認して、軽く準備運動をしてから、基本のレイアップシュート。
踏み慣れたステップ。
ボールがゴールネットを揺らす音。
「ナイッシュ」
いつものみわの声。
たったシュート1本で思い知らされる。
オレにとってのバスケの存在を。