第74章 惑乱
「でも私……気づいてあげられなくて」
みわは、ぽつりと囁くように続けた。
「今思えば……前に、横浜でスズさんを見かけた事があるの。……向かっていたのは、あのビルの方角だった」
「そんなの……」
「練習中、元気がないなって思う事も多かったのに、"大丈夫です"っていう彼女の言葉を鵜呑みにして、気づいてあげられなくて」
「……」
「あの日だって、もっとちゃんと聞いてあげてれば」
「……そんなの!!」
オレの手に触れていたみわの細い手をグッと握った。
白くて細くて柔らかい感触は、いつもと同じで。
なんで、こんな事になってんのか、未だ分かんなくて。
みわは、この後に及んでもまだ、自分のせいとか思ってんの?
冗談だろ?
「そんなの、みわのせいじゃないだろ! 悪いのは全部、あの女だろ! なんで、なんでみわはいつもそう……!」
「涼太」
「なに? 許してあげてとでも言うんスか? みわがそう言っても、ハイそうですかとは……」
そこまで一息で言って、ハッと気付く。
何言ってんだ、こんな責めるようなこと……
「……許してあげてなんて、そんな事言えるほど、私……出来た人間じゃないよ……」
それは、みわの素直な言葉。
悲しい……悲しい、笑顔だ。
全てを諦めてるような、そんな表情。
「戻れるなら、あの時に……戻りたい。やり直したい」
"あの時"って……いつの事、言ってる?
みわの黒目がちな瞳は、この事件よりももっともっと過去を見ているようで。
「今でも、どうしてあの時、どうしてあの時って、後悔がグルグルと頭を回ってるの。今更言ったって、仕方ないのにね」
「……ごめん、そういうつもりじゃ」
「涼太……」
ぽろり、みわの目からまた涙が一筋。
髪を撫でていた手を止めて、ベッドへ投げ出された白い手を握る。
「涼、太……」
そこからまたしばらくの間、みわは泣いていた。
気付けば、自分の頬も濡れていた。
2人で、涙を流した。
泣いても泣いても、決して流れてはいかない後悔を抱いて。