第74章 惑乱
気が付けばエレベーターは7階で私たちを吐き出し、またどこかで呼ばれて去っていった。
「みわ、ベッドに戻った方が」
優しく背中をさする手に、心配そうにかけられる声。
「ごめんなさい、もう平気。ちょっと……嫌な事、思い出しただけだから」
大丈夫、涼太が居てくれるでしょ、大丈夫……。
ドクドクと不規則に脈打つ心臓を一喝して、ふらりと立ち上がる。
「……無理だけは、しないで」
「あ、うん……」
支えてくれる腕は変わらず逞しいのに、ちらりと見えた涼太の表情は、普段よりも酷く濁って曇っているように見えた。
それから少しだけ、リノリウムの床を蹴っていると、病室とは違う造りのドアの前で涼太は立ち止まった。
引き戸になっている病室とは違い、ドアノブを回し、引いて開けるタイプのドア。
ドアの半分を占めているガラスは割れたような柄になっており、向こう側の様子を窺い知る事は出来ない。
コンコン、涼太がドアをノックをすると中から赤司さんの声。
「……入るっスよ」
軋む音すらなくすんなり開いたドアの向こう側は、机と椅子だけが用意されている、シンプルな部屋だった。
ここにいるのは3人。
おばあちゃんと、赤司さんと、スズさん。
「神崎さん、水を用意するから、座って」
「すみません」
涼太に支えて貰っていた手を離して、見た目よりもずっとふわふわしている椅子へと腰を下ろした。
「……ふぅ……」
ひとりでにため息が漏れる。
怖かった。……辛かった。
あんな、エレベーターひとつであんな気持ちになるなんて。
「はい」
「赤司さん……ありがとうございます」
赤司さんがウォーターサーバーから注いでくれた水のカップを受け取り、喉へ流し込む。
喉を潤す爽快感に、またため息が出た。
涼太はそんな私を見て、椅子には座らずに、スズさんやおばあちゃんがいる窓際の方向へと歩き出してしまう。
「神崎先輩……」
スズさんが私の名前を呼んで、少し離れた彼女に目を向けようとしたその時……
パシンと、乾いた音が部屋中に響き渡った。