第74章 惑乱
それから暫く、みわは泣いていた。
言葉にならない言葉たちが彼女の口から零れていくのを、オレはただ、うんうんと聞いていた。
それから少し、鼻を啜る音と嗚咽が続いて……突然腕の中のみわから、くたりと力が抜ける。
驚いてみわを見やると、目と鼻を真っ赤にしながら、彼女は眠っていた。
「みわ、寝てしまったのかしら」
入り口付近から聞こえる声、お祖母さんだ。
「あ、ハイ、今……」
少し大きな声で返事をしても、みわはピクリともしない。
小さく規則的な寝息が聞こえるだけだ。
「眠れて、良かった……事件があってから、ずっと睡眠薬がないと眠れなかったのよ、この子」
そう言って、お祖母さんもみわの髪をふわりと撫でた。
「記憶……無くならなかったんスね」
あんなにショッキングな事件だったのに、みわの記憶が失われていない事に驚いた。
むしろ、忘れていた方が幸せだっただろうに……。
「多分、みわにはもう貴方がいるから、"記憶を無くして身を守る"必要がないと、身体が判断したんじゃないかしら……それがいい事なのかどうかは、断言出来ないけれど」
お祖母さんの言葉に、オレは深く頷いた。
オレを心の拠り所にしてくれているのは嬉しいが、こんな辛い事まで背負っていかなければならないなんて。
泣いて腫れた目をそっとさする。
「みわ、やっと泣けたのね……」
「え?」
「事件の後、誰の前でも、涙は見せなかった。こころを許せる人の前だと、ちゃんと泣けるんだって分かって、安心したわ」
お祖母さんも、みわにとってはこころを許している人間の1人だと思うけど、それよりも"心配かけてはいけない"という気持ちが先に立つんだろう。
みわを、こんな目に遭わせて……
改めて胸の奥に渦巻く怒りを、自覚せずにはいられなかった。