第74章 惑乱
さっき、お祖母さんとの会話……
「喋れないって……失声症、とか失語症、とかってヤツっスか?」
テレビドラマで観るような話。
でも、今実際に起きている現実だ。
しっかりしろ、オレ。
「いいえ、そういうんじゃないの……喋れないというよりも、喋らない……喋ってはいけないと思い込んでいるような……なんて言うんでしょう、会話が成り立たないの。心ここに在らず、という表現が近いのかしら……」
お祖母さんは、上手く説明できないと言っていた。
当たり前だ。
あんなに酷い事件に遭ったんだ。
恐らく、かなりのショック状態のはず。
ゆっくり、歌うように話してくれるいつものみわの声が聞きたい。
でも、無理強いだけはしちゃダメだ。
通路の奥から聞こえる赤司っちの声。
「神崎さん、今日は雨が降っているよ」
「傷は痛む?」
赤司っちが、みわに様々な質問を投げかけていても、みわの声が聞こえる様子はない。
「神崎さん、黄瀬が心配していたよ」
赤司っちがそう言った途端、布団が擦れるような音。
「……赤司、さん?」
「こんにちは。気分はどうかな」
「……ごめ、なさい。気がつかなくて」
みわだ……
掠れて掠れて、耳を澄まさなければ聞き逃してしまいそうな声。
みわの声が聞けて、安堵するのと同時に渦巻く不安。
赤司っちがあんなに近くでハッキリと喋っていたのに、気がつかなかったという彼女。
精神が、ボロボロになっているのが分かる。
そこからまた、みわの声はしなくなった。
「……また来るよ、お大事に」
赤司っちのその言葉に、小さな声ですみません、と答えていた。
赤司っちが、通路を引き返してくる。
それと入れ替えに、今度はお祖母さんがみわのところへ。
「みわ。どうだい」
また、しばしの間。
「おばあ、ちゃん……私、赤司さん、に、気付かなくて」
「大丈夫、そんな事を怒るような人じゃないよ」
しん。
そこから暫く、無言だった。
「みわ。黄瀬さんに、来て貰わない?」
お祖母さんが、そう言った直後。