第74章 惑乱
「黄瀬、語弊があった。
さっき、既に……と言ったが、俺がこの目で見たわけじゃない。撮影機器類は全て警察が押収していったからな」
撮影、機器。
聞きたくない単語ばっかりだ。
「俺が現場に入った時には、既に行為は終わっていたのだと思う。スチール撮影をしていた」
スチール撮影。
モデルの仕事で聞き慣れた言葉。
つまり、静止画の撮影。
動画の……撮影は、終わっていた、ということか。
「いま……みわ、は」
ポツリと口から漏れたその言葉は、自分で思ってるより温度がなくて。
「みわ、ケガ、は」
自分でも、何を口走っているのか、分からない。
とにかく、みわ、みわは、今、どうしているのか。
「……口腔内の、裂傷。後は、殴られた際の打撲や擦過傷が」
「こうくう……?」
口、だよな。
なんで、そんな所……
「……ナイフを口の中に当てられて、脅されていたらしい。恐らく、行為の際の振動で切れたのだろう」
「さっかしょう、ってなんスか」
「擦り傷のことだ。……随分と、床を引きずられたりしたようだった」
みわは、一体どんな気持ちで、
ひとりで、耐え続けたのか。
どれほどの、恐怖が。
「黄瀬……せんぱい」
スズサンのその声がいやに遠くに聞こえて、目の前が真っ赤に染まったオレは、気付けば彼女の胸倉を掴んでいた。
「せんぱ……っ!」
「なんで、なんでみわが! アンタの、アンタのせいだろ! なんでアンタはピンピンしてて、巻き込まれたみわが……!」
「せんっ……」
腕の中のスズサンの力が、次第に抜けていくのを感じる。
殺意にも似た激情が、オレを支配していた。
こいつの、こいつのせいで、みわが。
こんな奴、どうなったって、いいじゃないか。
「黄瀬!」
赤司っちの怒鳴り声と共に、視界に星が弾けた。