第74章 惑乱
「先輩、1階まで降りようとしてた私を止めて、4階のボタンも押してくれたんです。
美容院に隠れて、通報してって。
"私が食い止めるから、先に行って助けを呼んで欲しい"って」
スズサンの声は、震えていた。
「わたし、携帯の充電が残り少なくて、でも先輩が貸してくれて。110番が押せなくて、震える手で、間違えて履歴を押してしまったんです」
緊急時の通報は、ロックを解除せずともロック画面から出来る事を、彼女は知らなかったらしい。
「俺が昼間、神崎さんに電話をかけた履歴が残っていて、それで俺のところに間違って電話がかかったという事らしいな」
本当か?
父親にバレたくなくて、警察を避けたんじゃないだろうな?
そんな疑いが頭をよぎるが、今の問題はそんな事じゃない。
「とにかく繋がって、状況を話さなきゃって。でもわたし気が動転していて……」
「俺がその電話を受けて通報し、俺自身もボディガードを連れて現場へと向かった」
なんか赤司っちから、サラッと聞き流しちゃいけないような単語が出て来たような気もするけど、今はそこにもこだわってる場合じゃなくて。
「そ、それで、みわは」
早く知りたい、けど知りたくない。
自分の胸を占めるこの気持ちが、分からない。
「……俺たちは警察よりも一足先に現場へと着いたが……既に、彼女は」
赤司っちはそう言って、そこから先は、敢えて言葉にはしなかった。
部屋の中には、スズサンとみわのお祖母さんの啜り泣きが悲しく響く。
「……みわ」
「ここは俺の一族が経営している病院で、融通がきくからな。神崎さんは9階にある、特別病棟へ入院している」
赤司っちの声が、遠い。
「特別、病棟……っスか」
「特別病棟の中で、患者が自殺出来ないよう、配慮が施された部屋だ」
自殺。
頭が……痛い。
鈍器で、殴られたみたいだ。
目の前が……これは、何色?
赤?
白?
黒?
チカチカして、分かんない。
カミサマ、どうしてみわばっかり、こんな目に遭わなきゃなんないんスか?