第74章 惑乱
「入院……っ!? っ、あちっ」
その不穏な単語に思わず身を乗り出してしまい、暴走してコントロールを失った手が湯呑みを倒してしまった。
「あらあら、大丈夫!? 火傷はしていない?」
「す、スンマセン!」
お祖母さんが台所から持って来てくれた台拭きで、あわてて机を拭いた。
……入院?
「にゅ、入院って、事故、病気スか、なんで」
ああ、うまく口が回らない。
まさか。
想像していた中で最悪の事態。
「そ、それで、みわは?」
「……どうして、あの子ばかりこんな……」
そう言って俯き、お祖母さんは……泣いていた。
足下に、ぽっかりと穴が開いたみたいだ。
まるで、みわが刺されたあの時に逆戻りしてしまったかのように、肌が粟立つ。
お祖母さんは、それ以上話してくれなかった。
みわは、命に関わる状態ではないと。
明日、面会時間に病院に行こうと。
お祖母さんもまだ、こころの整理がついていないから、うまく話せそうにないと。
結局、オレもなんだか意識がふわふわとしていて……無事に帰り着ける気がしなかったから、今日は泊まらせてもらう事にした。
客用布団を用意するかと問われ、申し訳ないが今日はみわの布団で眠りたいと申し出た。
とても、眠れる気がしない。
不安ばかりがまとわりついて。
みわの布団に入ると、すぐそこに彼女がいるような錯覚に陥る。
あったかい、あの微笑み。
甘い甘い、彼女との時間。
「みわ……何が、あったんスか」
自分と天井の間にある空間にそう問うても、返事が返ってくるわけがない。
時差でぼんやりする頭をなんとか働かせて、あれやこれやと思いを巡らせるが、どれもうまくいかなかった。