第74章 惑乱
石油ストーブがついた、居間。
空気が冷えているからか、みわがいないからか、何故かいつもよりも広く感じる。
ストーブを取り巻くもやみたいなものが、砂漠の蜃気楼のように見えて、ここは非現実ではないかと一瞬勘違いしそうになる。
お祖母さんが出してくれたお茶があったかくて、湯呑みの熱で凍えた指先を温めた。
「あの……みわは」
そこまで言って、お祖母さんと目が合う。
その瞬間、察した。
何か、良くないことが起こってるって。
いつもオレたちを包んでくれるようなお祖母さんの笑顔が、ない。
無表情で、強張っている。
なんだ?
何が、あったんだ?
事故、とか?
いや、悪い想像はよせって。
たまたま、だ。
ちょっと買い忘れた物があって、とか。
あきサンと会う事になって、とか。
いや、桃っちかも?
「みわね、暫く帰って来れないの」
「……え」
時が、止まる。
みわが帰って来れない理由。
何がある?
暫く、ってそもそもどれ位だ?
今夜?
それとも数日?
「ちょっと、親戚のところに行っているから……」
……いや、お祖母さん……そのウソの言い訳は、アウトっスよ。
みわには、遊びに行くような親族はいないはずだから。
お祖母さんはオレを見て、小さくため息をついた。
「黄瀬さんには、こう言っても誤魔化せないわよね……」
「なんスか。本当の事、言ってください」
オレのその言葉から実にたっぷり数分、お祖母さんは言うか言うまいか悩んだ。
時計の秒針の音だけが、声のない静まり返った空間に響く。
「みわには、言わないで欲しいって頼まれたんだけどね……」
普段、みわとの約束を破る人ではない。
みわが黙っていてくれと言えば、墓場まで持って行くだろう。
それなのに、今こうして言ってくれるのは。
「みわ……入院しているの」
みわの身に、何かが起きているからだ。