第73章 散華
私に突き飛ばされ、よろめいたスズさんはエレベーター内の壁に、ドンと背中をぶつけた。
それを見ていたかのように、ゆっくりと閉まっていくドア。
慌てたスズさんが、ドアを開けようと操作盤に駆け寄る。
「スズさんダメっ! 開けないで!!」
「えっ……!?」
戸惑う声。
ドアはもう殆ど閉まりかけている。
あと少し。
「早く! 早く、行って!
だ、誰か……助けを呼んで来て!」
2人でここに居てもダメだ。
どちらかだけでもここから出なくては。
こうなってしまったのも、私が最初の選択を間違えてしまったのが原因。
あの時、もっと冷静に判断できていれば。
この状況にスズさんを巻き込んでしまったのは、私なんだ。
「わ、分かりました! すぐに戻ります!
すみません、先輩……!」
耳障りな音を立てて2人の間を隔てるドアが閉まると、ゆっくりとエレベーターは下降し始める。
ガチャン、ウィィィンと無機質な機械音がどんどんと離れていく。
……行かないで……
その言葉が叫びとなることはなかった。
こころの中に浮かんだ弱音を、大きく首を振って振り払う。
もう、逃げられない。
本能がそう、認識している。
怖い。
恐怖に全身が支配されて、足がガクガクと震えてきた。
「ナメた事してくれんじゃん」
「っ……!」
頬に強い衝撃が走り、視界がグラリと揺れる。
口の中に広がる、鉄の味。
身体が浮いた感覚。
殴り飛ばされたという事に気が付いた時には、髪を物凄い力で引かれ、堪らず私は倒れ込んだ。
「あゔ……っ!!」
大丈夫、きっと、助けに来てくれる。
それまで、なんとか耐えるんだ。
スズさんに逃げられてしまい、イラついての行動かと思いきや、男の顔面に張り付いたどす黒い笑みは、健在だった。
「残念だけどなァ、今1階で、ボスが待ち構えてるんだわ。あの女も逃げられねェよ」
男の発言を理解するまでに、普段の何倍もの時間がかかった。
胸が、絶望に塗り潰されていく。