第73章 散華
しん、と静まり返ったエレベーター内。
壊れた機械人形のような音を立てて開いたドアの先には、誰もいない。
……5階の人が、間違えて押してしまったんだろうか?
乗ろうと思って、やめたとか……。
「……せんぱい」
「うん」
焦らずに……でも、気ばかりが急いて、"閉"ボタンをつい連打してしまう。
連打したからって、速くなるわけでは決してないのに。
でも、良かった。
また、待ち伏せされてるのかと思った……。
ホッと深いため息をひとつついて、左右から少しずつ中央へと面積を広くしていくドアを見つめていると、
突然、それを阻むように人の手が飛び出してきた。
「きゃあ!」
ガッと激しい音がしてドアの左右を掴んだ大きな手は、閉まりかけていたドアを力ずくで開いてしまう。
そこに居たのは、初めて見る顔のスーツ男だった。
厚めの唇に、垂れ目……一見、害のなさそうな優しい顔。
でも、あまり存在感がないというか……ここに来て会った男たちは皆、"記憶に残らない顔"をしていることに気づく。
後で、どんなヤツだったかとか、そういう質問に的確に答えられる気がしない。
モンタージュ対策、だろうか。
そうだとしたら、奴らはかなり本格的で、相当な規模の集団という事になる。
今、絶対に逃げなければ。
頭の中に警告メッセージが絶えず流れていくのに、目の前にいる男への対策方法が、何も思い付かない。
突然の男の登場に、パニックだった。
まさか、それまで計算で?
ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた男は、言葉を発することなくスズさんの腕を掴んだ。
「や、やあっ!!」
細腕での抵抗も虚しく、ズルズルとエレベーター内から引きずり出されそうになっているその小さな身体。
咄嗟に、というか無意識に、というのが正しいか。
気付けば私は、男に飛びかかっていた。
「おっと」
それを男はなんなく躱す。
でも、それでいい。
男の手が、一瞬スズさんから離れた。
「スズさんっ!」
「神崎先輩ッ!!」
私は、持てる力全てで、スズさんを突き飛ばした。