第73章 散華
ごうん、ごうんと唸りながらゆっくりと下降していくエレベーター。
7階は、美容院と直結になっているらしく、ドアについている窓ガラスから、無人のフロントカウンターが見えた。
エレベーターは止まることなく、下降を続ける。
失敗した。
誤った。
先に、通報するべきだったんだ。
それに、今7階の人に助けを求めるべきだったかもしれない。
先ほどから、その後悔の念が渦巻いて、必要以上に動揺してしまっているのが分かる。
こういう時に冷静にならなくて、どうするの。
涼太はここにはいない。
自分でなんとかしなきゃいけないんだ。
スズさんも、助けなきゃ。
「……すみま……せん……」
スズさんは、震えて泣いていた。
ホッとしたからだろうか。
いや……ずっと今まで1人で抱えていて、もう限界が来ていたのかもしれない……。
彼女の様子がおかしい事に、私がもっと早く気付いてあげられていれば、こんな事には……
せめて、もう平気だと安心させてあげたい。
「大丈夫。もう大丈夫だか……ら」
そう、慰めようとした言葉の合間に聞こえる、カンカンカンカンという音。
「なんの……音ですか?」
スズさんも、キョロキョロしている。
エレベーターの中から聞こえる音ではない。
そして、どこかで聞き覚えのある音……金属のような足場を走る音……これは……
「非常階段を下りて来てる……音?」
自分で言っておいて、ゾワリと肌が粟立つ。
古いエレベーターだからか、いやに響く、その音。
物凄い速度だ。
7階は美容院だったから、6階で追い付くつもり?
大人の男性の足に、勝てる?
「せ、せんぱい、どうしよう」
「スズさん……」
どうしよう。
どうしたら、いいの。
このままじゃ、絶対に追い付かれる。
早く通過して!と思っても、エレベーターが加速してくれるような奇跡は起きない。
エレベーターは、無情にも6階で停止した。
ドアのガラス窓から見えるのは、まるで、猟師が仕掛けた罠を覗きに来たような、しめたと言わんばかりに笑んだ男の顔。
「きゃあああああ!」
耳を劈くようなスズさんの悲鳴と共に、エレベーターのドアが開いていく。