第73章 散華
入り口のドアを出ると、薄汚れたエレベーターホールへと辿り着く。
正面にエレベーターが1基あり、右奥には扉がひとつ、左奥にはトイレがある。
ここにも、誰も……いない。
エレベーターは1階下の、7階で止まっている。
急いで下へのボタンを押した。
ウィィィン……と、機械が始動すると音と共に、カゴが上昇する気配。
どうしてこういう時に限って、ゆっくり動くエレベーターなんだろう。
早く。
早く来て。
ふたりとも、一言も発さずに、祈るような気持ちでエレベーターの到着を待つ。
永遠とも感じられる時間。
お願い。
お願い。
自分たちが降りた時には気にならなかったが、ポーンという大きな電子音と共に、エレベーターが到着を知らせる。
ドアが、ゆっくりと開き始めた。
「おい!」
突然の怒声に、身体が、足が、固まった。
声のする方向に目をやると、右奥の扉からスーツ男がこちらを見ている。
向こう側に見える街並から、どうやらそこは非常階段らしいことが伺える。
男は、手に持った携帯電話でどこかへ電話していたらしい。
携帯電話。
ここへきて初めて気が付いた。
そうだ、あの応接スペースで、するべきはまず110番だった。
「先輩! 早く!」
動かない身体はスズさんに強く手を引かれ、エレベーター内に引きずり込まれた。
「オマエら!!」
男が走ってくる気配。
スズさんと私は、慌てて"閉"ボタンを連打する。
この扉は2段階で閉まるんだ。
早くしないと、追いつかれる。
ギシギシと軋みながら、ゆっくりと閉まるドア。
「早く、早く、閉まって!!」
願いが天に届いたのか、男が辿り着く前にドアは閉まった。
ほんの一瞬遅れて到着した男は、顔を歪めながらエレベーターのボタンを押したが、カゴは既に下降を始めている。
助かった。
力任せにボタンをバシバシと叩く音。
怨念じみたその音が、耳にこびりつきそうだ。
悔しそうにこちらを睨む男の口の端が……
気のせいだろうか、笑ったように歪んだ。