第73章 散華
「……せん、ぱい」
小さな小さな、掠れているような声。
惚けている脳みそには、ワンテンポ遅れて届いて来た。
「すみません……わたし、すみません」
衝立の向こう側に人がいるかどうか……気配を探ってみるけど、分からない。
出来るだけ、声を潜める。
「スズさん、なに、どういうこと?」
「すみません、すみません……誰か、紹介しないと、裸の写真、プロフィール付きでネットで公開するって。……お父様にも、言うって」
裸の、写真……?
お父様……?
聞き覚えのある単語に、記憶のピースを必死で集める。
あれは、いつの事だった?
スズさんが、モデルスカウトの詐欺に遭ったのは。
……梅雨、くらいの時期だった?
もう、半年以上も前のことだ。
しかも、入り口のプレートの会社名は、確かあの時に見た名刺に記載されていた会社名と違う。
私、一度見たものは、そうそう忘れない。
いや、そんな事を悩んでも仕方ない。
きっと、法の目をかいくぐって、色々やっているんだろう。
でも、待って。
あの時涼太は、専門家に任せれば大丈夫だって。
"お父様にも、言うって"
ということは、つまり……。
「お父さんに、相談……していないの?」
スズさんは、震える指をぎゅっと握りしめて、小さく頷いた。
「だって……お父様に、騙されたなんて……言えなくて……」
半年以上、どうしていたのか。
何をされていたのか。
何をさせられていたのか。
今、それを聞いている余裕はない。
分からないことだらけだけれど、とにかく、ここから出ないと。
それだけは、確実だ。
「……そこに、いるのかな」
やはり人の気配は感じられない。
「いつも、ここにはそんなに、人はいないです。多分今、社長を呼びに行ってるんだと」
なら、今しかない。
チャンスは、今しか。
「スズさん、行こう」
「えっ」
「逃げよう」
冷たくなった細い手を掴んで、立ち上がった。