第73章 散華
「みわ」
名前を呼んで、それ以上何て言ったらいいのか分からなくて。
みわは、ぽてぽてと歩いて台所へと行ってしまう。
冷蔵庫を開ける気配。
トポトポと、液体を注ぐ音。
戻ってきたみわは、麦茶を2つ持って来てくれた。
コトン、とコタツテーブルにグラスを置く無機質な音。
そんな音でも、みわが立てた音なら愛しく感じてしまうから、もうかなりの重症だ。
……なんて言うかこういう気が利くトコっていうの?
自分のことだけ考えなきゃトコっていうか……兄弟がいるコっぽいんだけどな。
ま、そんなの偏見か、と思い直す。
思いやりがあるみわの性格、かな。
「……涼太」
「うん」
みわは、両手を祈るように握ったまま、俯いている。
「私……お母さんに会いたい」
「うん」
……良かった。
気が変わってしまうかと心配していた。
そう思ったのに……
「でも……」
みわの声は、震えている。
「今はまだ……会いに行くのは、やめておこうと思うの」
こくん、麦茶をひとくち。
「正直ね……こわい、っていうのもあるの。もし、もしね、お母さんが本当にああいう風に思っていたら……今の私じゃ、多分受け止められない。
もっと、私自身が胸を張って、お母さんの前に行けるようにしないと、いけないと思う」
「胸を……張って?」
「そう。私が、自信を持ってお母さんに会いに行けるようにならないと、って」
顔を上げたみわの目は真っ直ぐで……彼女の、意志の強さが宿っている。
「……そっか」
「ごめんなさい、折角、会いに行こうって言ってくれたのに」
しょぼん、と項垂れる姿は、まるで子犬のようだ。
「いいんスよ。みわがそう決めたなら、それが一番いい」
柔らかい髪を撫でながらそう言うと、ホッとしたように表情を緩めた。
お祖母さんに相談する前で良かった。
みわの気持ちが固まるまで、待とう。