第73章 散華
「ありがとうございました! また寝てしまって、すみません……!」
深々と頭を下げて、ありったけの感謝の思いを込めて。
送って貰った事だけじゃなくて、いつも良くしてくださる事へのお礼も……。
そして、また寝落ちてしまった事へのお詫びも……。
「ごめんね、無理させて。お大事にね!
今度一緒にお買い物行こ〜」
そう言って、運転席の窓から顔を出してくれたお姉さん。
軽く踊る毛先が、街灯の光を受けてしゅるんと舞う。
その動きはまるで、毛並みの良い猫の尻尾のようだった。
お姉さんの車を見送り、冷え切った玄関へ足を踏み入れると、ほぅ……と勝手に深いため息が漏れた。
やはり、相当気を張っていたのかもしれない。
少し熱を帯びた身体は重く、まとわりつく倦怠感に負けぬよう、踏ん張らねばならなかった。
「おかえりなさい、みわ、黄瀬さん」
パタパタと濃紺のスリッパを鳴らして廊下の奥から出てきたのは、おばあちゃん。
「ただいま。涼太のお姉さんに送って貰っちゃったの」
「あらあらそうだったの。声掛けてくれればご挨拶したのに」
「あけましておめでとうございます。いいんス、うちの姉ちゃんそういうの気にしないヒトなんで」
「ごめんなさいね、気がつかなくて」
涼太とおばあちゃんは、いつの間にそんなに仲が良くなったのかと言うほど……はっ。
私、年始にお邪魔しておいて、お年賀も用意してなかった!
今更そんな事を後悔しても手遅れ……おばあちゃんに日頃から言われているのに。
きちんと、そういう礼儀は守らないといけないよって。
親しき中にも礼儀あり、だよって。
自分の事で精一杯で、するべき配慮が欠けていた事を後悔した。
「みわ、ちょっと寝たら?」
「ほえっ? 大丈夫だよ?」
「ぷ、またヘンな声出して。もう無理する必要ないっしょ。お母さんに会いに行くんだから、まずはちゃんと風邪治さないと」
……そっか、お母さんに……会うんだ。
少し、寝かせて貰おうかな……。