第73章 散華
香りに、包まれる。
シャンプー?
ボディソープ?
柔軟剤?
香水?
なんの香りだろう。
涼太のようなぽかぽかおひさまの香りとは違う、ふんわりと、包まれるような……そんな優しく柔らかい香り。
すぅ、と息をすると、その香りで満たされて、安心する……。
涼太のお母さんは、何も聞かずにただ、抱きしめてくれた。
なんで、こんな流れになったんだっけ?
ああそうだ、夢を……見て、それで……
……いいや、そんな些細なこと。
ゆっくりと、心臓の音だけが感じられるような、静かに流れる時の中、耳に届くのは……ドタドタと、階段を上ってくる足音。
バスケ中とは違って、慌てている時の走り方だ。
その音だけで、こんなにも愛しい。
「……我が息子ながら、騒がしいわね」
「……ふふっ」
足音が止まって、一拍置いて。
小さな音で、ノックが2回。
「入るよ」
中の返事を待ちきれずに、涼太は部屋に入ってきた。
「オレ、昼、食ってきたから……っ!?」
そこから、涼太の声が聞こえなくなった。
お母さんと抱き合っている姿を見て、固まっているんだろう。
涼太がいるのは分かっているのだけれど、するりするりと髪を撫でてくれるのが気持ち良くて、そのぬくもりにしばし体重を預けてしまっていた。
「……ありがとう、ございます」
ずっとそのままでいたいと思ってしまいそうなほど心地よいぬくもりが、離れる。
柔らかい残り香とともに、名残惜しい気持ちが少しだけ後を引いた。
「じゃあ涼太、わたしは行くわね」
そうとだけ言って、お母さんは部屋を出て行ってしまった。
「……みわ? 何コレ、どういう展開? 大丈夫っスか?」
涼太は、お母さんが出て行ったドアと私を交互に見て、ぽかんとしてる。
「大丈夫。ちょっと……甘え、ちゃったの」
涼太に愛される時とは違う、名前の知らない幸福感が私を満たしていた。