第73章 散華
涼太の、お母さん。
特に、変わった様子はない。
訝しげな表情でも……ない。
まさか、私、寝言……言ってないよね?
夢の中、だけだよね?
「なかなか熱が下がらないね。少し汗かいたみたいだし、着替えましょうか」
あ、この華やかで優しい声……
夢の中で聞こえた声だ。
お母さんじゃなかった。
あの言葉、
涼太のお母さんが、言ってくれていた……?
"独りじゃないよ、大丈夫"
ポンポンと、タオルで汗を拭ってくれる。
渡された長袖のTシャツに着替えた。
「怖い夢でも見てしまったかしらね」
それは、濡れたシャツとタオルをまとめながら、何気なく。
やっぱり私、寝言……言ってたんだ。
きっと、迷惑……かけた。
「……あ、母の夢を……見ていて」
「そうだったのね」
それ以上、追及しない。
無闇に踏み込んで来ない、これはそんな種類の優しさだ。
「……私、寝言言ってましたか? もしそうなら、すみません……」
「謝ること、ないじゃない」
ぽん、ぽんと優しく頭を撫でてくれる手。
目の奥が、ジンと熱くなる。
「みわちゃん」
諭すような、そんな口調。
その微笑みは、まるで絵画の中の聖母様だ。
「……はい」
「辛かったら、辛いって言っていいの。
寂しかったら、寂しいって言っていいの。
助けて欲しかったら、助けてって言っていいのよ」
その言葉が、胸の一番奥に、すとんと落ちてきた。
なんて、愛に満ちた言葉なんだろう。
全てお見通しで、その上でそんな言葉をかけてくれるなんて。
トーストの上で溶けたバターみたいに、じんわり、じんわりと浸みてこころを柔らかくしてくれるみたい。
顔が、上げられない。
何か、返事を返さなきゃ。
そう思うのに、胸が詰まって言葉が出てこない。
何も言えないでいる私を、涼太のお母さんは優しく……そっと、抱きしめてくれた。