第73章 散華
お母さん
どこに いくの?
おいて いかないで
ごめんなさい
小さくなっていく背中に、手を伸ばす。
届かない。
行ってしまう。
「まって……!」
お母さんが、立ち止まる。
振り向いたその顔は、ぼやけて見えない。
あ
夢だ、これ。
いつも、これでお母さんはどこかに行ってしまう。
いやだ、いかないで。
独りに しないで。
「いかないで、お母さん」
いつも、振り向きもせずに消えてしまうお母さんが、今日は振り返ってくれた。
「お母さん」
私の足は、鉛のように重くて、動いてくれない。
でも、お母さんが私の所まで戻って来て、頬に触れてくれた。
どうして。
今日はどうして、来てくれるの。
聞きたいけれど、聞いたらお母さんはいなくなっちゃう気がして、やめた。
理由なんて、どうだっていいや。
お母さんの、あったかくて、柔らかい手。
記憶にはないはずなのに、なぜかこんなにも、こころまであったかくなる。
"ここに、いるよ"
あったかい、声。
嬉しい。
「お母さん、独りは、いやだよ……いかないで、いかないで……」
"大丈夫。独りじゃないよ、大丈夫"
こころが落ち着く、その声。
頬に添えられた手を捕まえて、頬ずりをする。
この手、守ってくれてるみたいだ。
うれしい……。
「おかあさん……」
ぼんやりと、視界が開けていく。
薄暗い部屋に、感じるのは自分の熱い息。
頭が痛い。喉が熱い。
身体からじんわりと熱が溶け出ていくような、不快感。
熱はまだ下がっていない、かな。
また、夢だったのか……
はあ、とため息をつこうとして、私の頬に柔らかいものが当たっていることに気付く。
手、だ。
涼太の大きな手じゃない。
華奢で、でも柔らかい手……
夢じゃ、なかった?
もしかして、お母さんが……?
ううん、そんなわけ、ないよ。
驚いて手の先に目をやると、
「あ……」
涼太のお母さんが、微笑んでいた。