第73章 散華
「大丈夫?」
「あっ、も、も、申し訳ありません!」
涼太のお父さんにビックリして、咄嗟に挨拶をしなければと思って、ベッドを慌てて下りようとしたのがいけなかったのか。
とにかく驚いて驚いて、冷静に行動する事は不可能だったんだもの……。
いつも通りドンくさい私が床まで転げ落ちそうになったところを、涼太のお父さんが助けてくれた。
凄い反応速度だった。
涼太の運動神経は、お父さん譲りなのかな……なんて思ったりして。
「お父さん、帰って来てたんだ。もっと遅くなるって聞いてたのに。涼太は?」
お姉さんは、それほど驚いた様子もなく。
これが黄瀬家の日常なの……?
「ああ、涼太の彼女が部屋で寝てるって、母さんからメール貰ってね。リビングに寄らずに直接来たんだ」
驚かせたかったんだ。驚いた? 驚いた?
と聞くそのいたずらっ子のような表情は、涼太とそっくり。
年齢不詳なその微笑みの後ろから、ドタドタと足音が響く。
聞き慣れた、音。
涼太の歩幅。
いつの頃からか、足音を聞けばその日の調子が分かるようになっていた。
「みわ!!」
物凄い勢いでドアを開けた涼太の目が、まんまるになる。
視線は、涼太のお父さんに固定されていた。
「……は? なんで?」
「久しぶりだな、涼太。可愛らしい彼女じゃないか」
「は、ちょ、ちょっといいから離れろよ」
そう言ってお父さんと私を引き剥がす。
威嚇するような態度は、まるで獣だ。
実家にお邪魔すると、男子高校生らしい涼太が見れて、なんだか新鮮。
「つれないなぁ、涼太」
そう言って唇を尖らせている姿も、そっくり。
その2人があれやこれやと言い合いしているのが面白くて……
我慢出来ずに笑ってしまって。
でもそのうちに、身体が段々と熱くなって、頭が更に痛くなって……酷いめまいが訪れたと思った時には、意識は渦に吸い込まれていくかのように暗転していた。