第73章 散華
それから暫く、お姉さんのお話を聞いていた。
彼氏さんと、どこで出会ったのか。
どんな所が好きだったのか。
どんなことを言われたのか。
どんな場所へと行ったのか。
……どうして、別れたのか。
「あっ、ごめんねみわちゃん、体調悪いのに長々と話して」
「いえ、お姉さんとお話できて、嬉しいです。私……聞くことしか出来なくて、すみません」
あったかくて、優しくて……
本当のお姉ちゃんみたいだ。
それに、お姉さん……きっと恋人と別れて、辛いんだと思う。私に話して楽になるのなら、お話……聞いてあげたいと思った。
鈍器で殴られるような頭痛と全身を支配する倦怠感には、少しだけ目を瞑って。
お姉さん……心なしか、表情が和らいでいる気がする。
良かった。
「やだ、嬉しい事言ってくれる〜! みわちゃん、ホントに大好き!」
ぎゅっと抱きつかれると、ふわりといい匂いがした。
なんだか、オトナの香りだ。
細くて柔らかい身体の感触と、うっとりしてしまいそうな色気のある香りに気を取られてしまう。
そのせいか、はたまた高熱のせいか……
コンコンとドアをノックして部屋に入って来た人物を認識するのが遅れてしまった。
「初めまして」
……目の前に現れた、男性。
「こんにちは、みわさん」
華やかなバリトンで紡がれた言葉は、確かに私の名前だった。
高価そうなジャケットをさらりと着こなし、伸びる脚はスラリと長い。
白髪混じりのその姿は、ロマンスグレーと表現しても差し障りのないもので。
いや、そう表すにはやや若いだろうか。
ダンディな出で立ちは、テレビの中にいる芸能人のそれと遜色ない。
それよりも何よりも、その顔。
どこかで、見た事が……
運転を停止している脳みそをフル稼働させて考えたけど、なかなか正解に辿り着かない。
考えて考えて思考がぐるっと一回転したところで、気がついた。
涼太に、似ているんだ。
雰囲気というか、顔のパーツも……。
「あ、お父さん」
お姉さんが振り向いて、そう言った。
え?
お父さん?
って、誰の?
「涼太の父です、いつも涼太が世話になっていますね」
「……えっ」
あまりに驚いて、視界がぐるりと回ったところまでは、覚えてた。