第73章 散華
「38.1℃」
オレが体温計の小さな液晶に表示された数字を読み上げると、ベッドに寝かされたみわが、驚きの表情を浮かべた。
「そんな……なんで、だろう」
「大会も終わって、疲れが出たんスかね。薬飲んで少し寝な」
「あっ、あの、私がこんな状態でここにいても邪魔になるだけだから、帰るよ……!」
「そんなん気にしなくていいっスよ」
必死に起き上がろうとするみわの肩を両手で制止して、布団をかけなおした。
「や……もう、大丈夫だから……」
この熱じゃ、頭痛も寒気も酷いだろうに、ツライとは決して言わないみわの姿に、胸が痛む。
きっとこうやって今までずっと、他人に気を遣わせないように、迷惑をかけないようにとやってきたんだろう。
そんなやりとりをしていると、コン、コンと軽いノックの音が響く。
「涼太、入るわよ」
「うん」
ドアの向こうから、トレーを持った母親がやってきた。
「みわちゃん、どう? 疲れが出ちゃったのかしらね」
「あのっ……すみません! すぐに、帰りますので!」
ペコペコと謝るみわをものともせずに、母親はトレーに乗せた小さな鍋の蓋を開けた。
「あ、あの……っ」
「雑炊、食べれるかしら? 苦手なものある? りんご、すりおろしてきましょうか」
すりおろしりんご、ちっちゃい頃風邪引くと、よく作ってくれてたな……なんて思いながら見慣れたその背中を眺めた。
ゆっくり休んでいって欲しいというのはオレも同意だ。
みわに気を遣わせたくはないけど、あんなに熱があるなら話は別。
「も、申し訳ありません……お疲れのところ」
何言ってるの、甘えていいのよ、と言われ、縮こまっているみわ。
みわは、甘え方が分からないんだろう。