第73章 散華
若干足早になった歩調に合わせているうちに、辿り着いたのは黄瀬家のリビングだった。
出掛ける際に切るのを忘れていたらしく、部屋の中は暖房が効いていて暖かい。
涼太は温かいカフェオレを入れてくれ、先ほどコンビニで購入したチョコレートを開けてくれた。
「オレもタケノコ派」
と言って、つまんだチョコをぱくり。
「森山センパイといっつもキノコ・タケノコ論争になるんスわ」
同じ会社から発売しているお菓子の派閥争い。
そう言えば、たまに遠征の時、電車の中でそんな話をしてたなぁ……と思わず思い出し笑いをした。
「やっと笑ってくれたっスね」
涼太は少し困ったような表情で微笑んでいる。
「なんか、悩みごとっスか? なんでも話して」
……涼太は、私の態度がおかしい事に気付いてくれていたんだろう。
でも、話したかったのは、悩みごととかそういうんじゃなくて……
ダイニングテーブルに向かい合って座っている、この改まった空気がなんとも話し辛い。
何から話せば、いいのかな……。
「あ、の……」
「うん」
「……ごめんなさい」
「ん?」
「涼太、ごめんなさい」
私は、深々と頭を下げた。
後頭部に注がれているであろう視線が、怖い。
「なんで……謝るんスか?」
優しい、涼太。
ごめんね。
「涼太は……涼太のこと、ご家族のこと、なんでも話してくれるのに……私は、自分のことも、家族のことも、殆ど覚えてない」
「みわ」
「今日ね、涼太の話を聞いていて、思ったの。私、お母さんが今どこに住んでいるのかも、何の仕事をしているのかも、お父さんとどうやって知り合ったかも、覚えてないの」
思い出そうとしても、頭に靄がかかったようになって、全く思い出せない。
お母さんとの想い出は、あの花だけ。
もう、笑顔のひとつも思い出せない……。
「それが、申し訳なくて。
涼太も、涼太のご家族の皆さんもあんなに良くしてくださるのに、私は何にも返せない」
「みわ、誰も、何かを返してもらおうとなんて思ってないっスよ」
一瞬、理解が出来なかった。