第73章 散華
「どしたの、みわ」
少し驚いたような表情に、振り絞った勇気はポッキリと折られそうになる。
「あっ、いや、やっぱりこんな寒いとこじゃ、あれだし」
あれだし、って何だろう。
どれだよって思われる?
私が食べたいって言い出したくせに。
もう、自分で自分にツッコんでしまう。
「ああ、そうっスね」
私の謎の日本語を怪しむことなく、涼太は、取り出そうとしたチョコをガサガサと袋にしまう。
「駅の中ならいいっスかね?」
また、半歩前を歩き出した。
……涼太はもう今夜、一緒に居たく、ないのかな……。
おうちで私、何か嫌な事……した?
怒らせては、いないよね……?
……おとなしく、帰ろう……かな。
諦めかけて、落とした視線を目の高さまで戻すと、視界に入るのは大きな背中。
この大きな、逞しく強い背中が抱える、臆病な一面を思い出す。
だめだ、ちゃんと言わないと。
伝えるって、決めたじゃない。
大きく息を吸ったら、雪たちが口の中でふわりと溶けた。
「涼太」
「ん?」
「手……つなぎたい、な」
「……ん、ハイ」
ほんの少しの間を置いてから繋がれた、大きな手。
「ねえ、もしかしてこれを言いたくてずっと固まってたんスか?」
「え……っ」
「はは、正解? みわはさ、時々ビックリするような事で躊躇うっスよね」
ち、違うの。
慌ててそう言おうとしたのに、握り直された手に胸が騒ぐ。
「相変わらず、冷たいっスねぇ。
手袋はどしたんスか」
熱くて優しい、筋張ってごつごつした、大好きな手。
辛い事も、悲しい事も、この手が全部……包んでくれた。
いつも、助けてくれる。
いつも、愛してくれる。
ありがとう、なんて言葉じゃ表せない。
何度言ったって、足りるわけない。
「……の」
「ん? ごめん、なんスか?」
「いらないの。手袋は。
涼太が……あっためて、くれるから」
「みわ」
「涼太と……もっと一緒に、居たい。
話したいことが……いっぱい、あるの」
見開いた琥珀色の瞳を、暫く見つめていた。
ようやく涼太の長い足が踏み出したのは、駅とは逆方向だった。