第73章 散華
「さ、さむ……」
時折吹きすさぶ冷たい風に頬を打たれて、身を縮こまらせる。
ほんの少し、半歩だけ前を歩く涼太の腕を掴みたくて、でも躊躇っていた。
築年数の浅いマンションと、裸の木々が取り囲んでいる小さな公園を横目に、ひたすら前進する。
すると、見覚えのある風景。
「あ、もしかして、この道……」
「さすが、覚えてるっスか?」
忘れるわけない。
季節が違うから、若干の景観の違いはあるけど……
付き合ったばかりの、夏。
一緒に食べに行った……ラーメン屋さん。
「ラーメン屋なら、やってそうじゃねぇスか?」
「うん、確かに」
お店が見えてきた。
主張は控えめだけど、お店が重ねてきた年数の重みを全て受け止めている渋い看板。
暖簾の向こう側が明るい。
元日の今日も、変わらず営業しているようだ。
「ってことでさ、いいっスか?
また……色気ねーけど」
「もちろん! 久しぶりだし、楽しみ」
「なんか、みわとウマイもん食べに行きたいって思ってんのに、気付くとラーメンっスね」
「ラーメンだって"ウマイもん"だよ?」
ほんの少しの沈黙。
私、変なこと言った?
「……ありがと。いこっか」
涼太の微笑みは、いつもと変わらなかった。
店内は閑散としている。
カウンター上部に設置されているテレビには、正月の賑やかな特番が流れていた。
「いらっしゃい」
仏頂面だけど、とても優しい瞳の大将。
清潔だけれども、端があちこち削れている年季の入ったカウンターを撫でながら席に着いた。
「みわは何にするっスか?」
「塩ラーメン!」
「ん。スンマセン、塩ラーメンふたつ」
「あいよ」
大将は短くそう答えると、早速麺を茹で出した。
「なんかさ、あっという間っスね」
ごく小さな声で、涼太が呟いた。
「ん?」
「3年間……振り返れば色んな事があったけど、なんか過ぎてみれば、すげぇあっという間だったなって」
「うん……」
涼太と出会ってからの3年。
色んな事が、あった。
知らなかったこと、いっぱい教えて貰えた。
抱いた事のなかった気持ち、いっぱい知った。
感謝。
涼太には、感謝しかないよ。