第73章 散華
「……瀬様、黄瀬様」
男性の声が、する。
誰だ? 聞き覚えのない声……。
ぼんやりと目を開けると、車の中だった。
運転手サンが、こちらを向いて微笑んでいる。
そうだ、赤司っちが駅まで送ってくれると、車を手配してくれたんだった……。
「あ……オレ、寝てて。スンマセン」
まだこれから実家までには何時間もかかる。
はぁと小さくため息をついて目をやった窓の外。
「……あれ……?」
この建物は。
見間違える筈もない、オレの実家だ。
「……え、ウチまで送ってくれたんスか?」
「左様でございます」
運転手は優しく微笑んでいる。
……そうか、赤司っちだな。
オレがのぼせてぶっ倒れたせいで、みわもマトモに眠っていなかったんだろう。
オレの肩に頭を預け、すやすやと寝息を立てている。
「わざわざスンマセン。ありがとうございました」
寝ているみわは起こさずに、抱えたまま家に入ろうとしたが、目が覚めてしまった。
残念。
「あれ」
玄関には灯りがついていない。
姉ちゃん達は夕方に帰って来ると言ってたけど、車で送って貰ったおかげで、オレたちの方が早く帰って来れたんだろう。
ゴソゴソと鞄から実家の鍵を取り出し、ガチャリと重厚な音を響かせた。
「お、邪魔します」
顔を強張らせて玄関に入るみわ。
「そんなキンチョーしなくても、まだ帰って来てないみたいだから、大丈夫っスよ」
「お姉さん達、どこまで旅行に行っているの?」
……。
どこだったっけ……。
「今年は国内だったはず。どこだっけ……北海道か四国あたりじゃなかったっスかね」
「北海道か四国って、真逆の方向だけど……涼太って意外と、大雑把なところあるよね」
みわにそう笑われて、ぐうの音も出ない。
元来オレは、大してキョーミない事は記憶出来ないタチなのだ。
「なんか飛行機で行くって言ってたけど、ハッキリとは覚えてないっスわ……」
みわの朗らかな笑い声がアハハと響いた。