第72章 悋気
「あ、無理にとは言わないっスよ?
疲れてんだろうし、また改めてでも」
気遣うように、強く握られた手の力が緩む。
ふと開いたふたつの手の間の隙間が寂しくて、思わず力を込めて握り返してしまった。
「……みわ?」
「行く。新年のご挨拶、したいし……涼太と離れたく、ない」
素直な気持ちだけれど、高尾さん達とあんな話をした後だ。
恥ずかしすぎて顔が見れない。
たった数秒の沈黙が、永遠のように長く感じる。
「……そっスか。ありがとう、みわ」
涼太は、それ以上何も言わなかった。
でも……繋がれた手は、熱を帯びたままだった。
「それじゃあ2人とも、また」
「突然決まって、迷惑かけたっスね。
あと、赤司っち……色々、アリガト」
宿の前に停車しているのは、私でも知っている高級外車。
コワイお兄さんが下りてくるのではないかと思ってしまうほどの迫力がある黒塗りの車からは、優しい眼差しの、初老の男性が顔を出した。
どうやら、途中の乗り換え駅まで送って行ってくれるらしい。
「神崎さん、いつでも相談に乗るよ」
「あっ、ありがとうございます」
今回は、一から十まで赤司さんにお世話になってしまった。
いつか、ちゃんとお礼しないと。
そう、心に決めたのだった。
エンジン音の後、シートに背中が押し付けられる感覚とともに、車は宿を離れていく。
「なんだか、最後は流れ解散って感じになっちゃったね」
「はは、あのメンツだと、らしいっスよね。
皆、自由すぎ」
車に乗り込んだ後も、手は絡み合ったままだ。
大きな手が、まるで守ってくれているかのよう。
「……なんかさ、みわ、いつの間にか皆と仲良くなってたっスよね、赤司っちの口調もさ……」
そこまで言って、涼太はハッと気付いたように口を噤んだ。
……ヤキモチ、妬いてくれてる?
私のこと、好きって、ことだよね?